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駆逐艦 島風 発見に驚き [海軍]

戦艦 武蔵 を発見したポール・アレン氏の調査チームは、先の

戦艦 山城・扶桑 に続いて、駆逐艦 島風の残骸を

フィリピン中部の海底で発見したとのこと

(写真:ポール・アレン氏 facebookより)

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小生、その方面はあまり詳しくはないのだが、島風は、
高速(39ノット)、重雷装(5連)の駆逐艦であることは知っている。
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こちらは、現在の護衛艦 DDG-172「しまかぜ」
去る9日、海自阪神基地の催事(会費制)があって訪問した際に写したもの。
乗員の説明によれば、こちらに搭載された魚雷管は、3連の対潜用とのこと。
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駆逐艦 島風の排水量は、2,567トン
護衛艦 しまかぜ の排水量は、4,650トン・速力30ノット
拝見していて、くたびれ感は否めず、先の乗員によれば、
艦齢30年となり、除籍間もなくで、練習艦になるのだと云う。

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軍用時計の修理と電池交換 [海軍]

conv0001.jpg帝國海軍の軍用時計(右)のコンパスが取り付けてあった皮のベルトが切れていたのを修理した。

時計本体のベルトと同系色で、薄い皮を見つけたので、幅9mm・長さ55mmにカットして取り付けた。


大東亜戦争中(昭和17年・精工舎)の物なので、コンパス・割りピンなどの扱いには、慎重を期した。


皮にミンクオイルを塗布したら、馴染んで良い感じに仕上がった。















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帝國海軍の左隣は帝國陸軍で、30数年前に西宮の骨董店で購入した物(1万円だったか)。


20年程前から不動状態で、眺めるだけになっていたのだが、歩いて行ける距離に「時計屋から依頼を受けて修理をやっている時計修理専門の時計屋」があるのが判り、持ち込んだ。


結果は、修理以前の問題で、ケースの開閉が厳しいとの判断であった。


壊れても宜しいからやって欲しいと云いそうになったが、懐具合が寂しいので、了承した。






で、持ち込んだのは、帝國陸軍の複製品(左端)もあって、電池交換を依頼した。


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この店のウリは、電池交換の実況らしく、モニターに作業の様子が写った。
「支那製ですが、ムーブメントは、シチズンです」とのこと。
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交換前の様子
聞けば、同じ電流を流しても動くのか試験しているとのこと。
電池交換しても動作不良があり、電池が無駄になるのを防ぐ為と云う。
色々な話しを伺い、1,600円を支払って店を後にした。

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帝國海軍の会にて [海軍]

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世話人の一人として関わっている海軍の会が、昨日京都の「菊水」で開催された。
記念講演を賜ったのは、立命館大学から海軍飛行予備学生となられたKさん。
軍艦の中は階級が違えど、同世代の者が殆どで、死中に活を求める様な
作戦でも怖くはなかったが、単機出撃した時は恐怖であったと...。
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会も終わりに近づいて、6人の飛行豫科練習生出身者が前に出て歌った。
「歳月不待人」
青春をあの時代に捧げなければならなかった男たちのシルエットが、
20歳の若者に見えてきて、胸が一杯になった。

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ドッグタグ・認識票:本物と装身用 [海軍]

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太平洋戦史研究家のダニエル・キング氏から
旧知のチャールズさんが、日米激戦の島であるペリリュー島で
発掘調査をしていた際に、日本兵の認識票を発見したと写真が届いた。
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この認識票は、偶然この島を訪れていた日本軍守備隊である
歩兵第二連隊(水戸)の関係者に託されて調査したところ、
某衛生兵の物と判明したとのこと。
来る23日は、日本軍守備隊が玉砕した日(昭和19年)であり、
何か運命的なものを感じている。
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上の認識票(ドッグタグ)は、米軍の物を模した装身用の物。
2003年7月20日・デイトン エアショー(オハイオ州)を観覧した
小生の友人から贈られた物。
その友人は、3年前に病死してしまったが、雪の上でも寝ることが出来る
アウトドアライフに長けた人だった。
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彼は、アメリカに自転車を持ち込んで単独行を6回行っている。
デイトンエアショーは、その何回目かのことである。
贈られたドッグタグは、身近な所に吊るしていて、
折に触れ彼を偲んでいる。
合掌

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喪中ハガキ・回天搭乗員 岡田純さん逝く [海軍]

10日ほど前から、年末年始の挨拶を遠慮する喪中ハガキが届き出した。


その中で、帝國海軍 回天搭乗員 岡田純さんご逝去のお知らせに、

茫然となった。


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大東亜戦争末期、所謂「人間魚雷」 回天 搭乗員であった岡田さんは、
死の渕から生還した経験を持つ。
(写真は、昭和20年出撃前に短刀を授与される岡田さん)
攻撃命令が下って、母艦(回天を搭載した潜水艦)から回天に移乗して、
いざ、発進と云う時にエンジンが始動せず、万事休すとなり、
海中から出撃して行く仲間を特眼鏡越に見送くられた。
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太平洋戦史研究家のダニエル・キング氏共々、岡田さんのご自宅に
お伺いしたのは、2009年6月のこと。
余りにもシュールな話しに、約束の時間がオーバーしたことを
覚えている。
喪中ハガキに見入り、あの時代に青春を捧げた岡田さんを想っているところだ。
写真上は、2007年の海軍倶楽部総会で講演された岡田さん
手にしているのは、昭和20年に授与された短刀

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原田要さんのドキュメンタリー映画のアンコール上映 [海軍]

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帝國海軍の零式戦闘機パイロットであった原田要さんのドキュメンタリー映画
「原田要 平和への祈り」のアンコール上映が決定したと
この映画を作った宮尾監督から連絡を頂戴した。
12月2日(土)~8日(金)10:10AM・9日(土)~15日(金)10:50
長野相生座・ロキシー(長野県)
(写真は、その映画のDVD:非売品
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7月上旬に公開され予想を超える反響を呼んで、予定を遥かに
オーバーしての上映になっていたのだが、更なる上映希望が集まったのだ。
ドキュメンタリー映画のアンコール上映があるとは、珍しいことだと思う。
監督は、他府県での上映も考えたとのことだが、「興業」の世界は、
何かと難しいことが多いのでと仰っていた。
(写真は、飛行練習生時代の原田さん)
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この映画には、僕が原田さんを写した写真が何枚か使われていて、
頂戴したDVDを観ると感情移入してしまう。
DVDを販売して、多くの方々にご覧頂きたいと思うのだが、
この映画は、クラウドファンディング方式で作られている為なのか、
非売品となっているのが惜しい。
善光寺参りを兼ねて、長野県まで観に行くのは如何だろう。
写真は、2010年5月ミッドウェーでの慰霊からホノルルに戻った
翌々日にホテルの前で写したもの。米軍関係者は、国宝級の対応だった。

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第19回 海軍倶楽部定期総会 は、開催延期 [海軍]

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明日(17日)午後15時から開催予定だった海軍倶楽部定期総会は、
台風18号の影響甚大と考え、開催延期と決定致しました。
開催の準備万端でしたが、倶楽部員諸氏の安全を考えての判断です。
台風進路予想図は、Yahoo から拝借しました
先刻、開催日は、11月19日()に決定致しました
会場 / 時間 / 講師共に同じです。
事務局長ご苦労様でした。

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帝國海軍少尉の死 [海軍]

一昨日、帝國海軍少尉の告別式に赴いた。式場の入り口に、

遺影と思い出の品が並べてあり、元気な頃の氏の姿が浮かんだ。

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戦後、商社マンとなって世界を巡った氏らしく、10数冊の
パスポートが目に付いた。
英語とスペイン語が堪能で、旅行は海外、読書とカラオケは原語が主だった。
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帝國海軍と海を愛した氏は、夏になると白のマドロス帽を被り現れた。
ロレックスのGMTが良く似合って、
「あなた程、GMTが合う老人はいません」と申し上げたことを思い出す。
棺に花を満たす頃、エレクトーン奏者が「群青」と「ローハイド」を奏でた。
共に氏が愛して止まなかった曲で、ローハイドは、英語で歌っていたものだ。
世話好きだった氏の周りには、いつも女性が集まっていて、
今日も棺の周辺では、氏と30歳ほど年下の女性が6人涙を流していた。
やがて出棺。
僕は、合掌と「帽フレ」で見送った。
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遺族から氏がストックしていた帝國海軍と海に関する品を頂戴した。
何人かに分けるのだが、Z旗のバッジ1個とアンカーのワッペンは、
僕が頂くことにする。
海軍の会で知り合って、20年。
帝國海軍少尉は、92歳で逝った。
僕のスマートホンには、死の3日前に氏から届いたメールが残っていて、
文の最後は、「Thk」の3文字で結ばれている。
Thank you !

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伊四〇〇と晴嵐全記録・改訂増補版 [海軍]

conv0001.jpg髙木晃治氏(源田の剣 著者:海軍倶楽部顧問)が10年前に発刊した、「伊四〇〇と晴嵐全記録」の改訂増補版がこのほど発刊の運びとなった。


初版は、ムック版だが、改訂増補版は、文芸書版で「縦書き」となって読み易い。


新たに発見された四〇〇潜の設計図や新事実が加わり、ファン必携の1冊。














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昭和20年8月27日、洋上降伏した伊四〇〇潜は、
米軍の最機密兵器となり、やがてハワイに回航され
徹底研究の後、処分となる。
米攻撃型原子力潜水艦の原点が、この伊四〇〇潜である。
双葉社:4,200円+税

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最後まで嫌われ続けた 稲田防衛大臣と栄誉礼 [海軍]

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辞任発表後も、左巻きの政党と偏向報道に叩かれ続き、
防衛省内からも「離任式を辞退しなかった」と
最後の一撃を喰らった。
ここまで嫌われたら稲田さんは、女名利に尽きると諦めるしかあるまい。
かつて儀仗隊の吹奏する「栄誉礼」で迎えられただけでも
防衛大臣への就任は、大したものだと思う。
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「栄誉礼」で思い出したのは、20数年前にホテル日航大阪で開催された
海軍の会で、予備学生出身のサントリーの鳥井道夫さんが
開会の挨拶で登壇する際に、「将官栄誉礼」で迎えられた時のこと、
鳥井さんは、登壇を一旦中止して、
「私は予備学生で、これだけは勘弁して欲しい」と仰った。
栄誉礼がどれ程のものであるのかが、身に沁みついているのだと判った。
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当時、鳥井さんは、70歳代、海兵61期の佐伯さんは、80歳の頃。
ホテルに集まった400名を超す海軍軍人は、皆さん元気溌剌で
海兵76期の方が司会を務められ、号令が見事だったことを思い出す。
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壇上に並んでいるのは、「将官栄誉礼」や「巡検」などの譜を担当した
15人編成のネービーラッパ隊で、素晴らしい音色だった。
司会者が、「今日の飲み物全部は、サントリーの提供です」と告げると
大喝采が起こり、皆さん本当にお元気だった。
「時は人を待たず」と云う「光陰矢の如し」とも云う、
稲田さんの栄誉礼から、栄光の帝國海軍を思い出した。

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