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原田要さんのドキュメンタリー映画 [海軍]

零戦搭乗員だった原田要さんがお亡くなりになって、1年が経つなぁと思っていたら、

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原田要さんのドキュメンタリー映画の制作が
進行中であることを知らされた。
ネットで資金を募る「クラウドファンディング」で
進められているとのこと。
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企画に賛同し、貧者の一灯10,000円を
寄付させて頂くことにした。
完成映画のDVD2枚の提供とエンドロールに
名前を掲載するとのこと。
そうこうしている内に、主宰の方が
原田さんがミッドウエー環礁に赴いた際の
資料の提供を求めてきた。
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快諾して、昨日から今日にかけて関係の資料を纏めて、
先刻長野に速達便で送ったところだ。
資料の中には、「源田の剣」の髙木晃治さんが、2010年
10月号の「丸」に、「68年目のミッドウェー慰霊の旅」と
題して寄稿しているので、許可を頂きコピーを同封した。
より良きドキュメンタリー映画となるように祈念する。
写真(下):Daniel King.

今日4月24日は、海軍兵学校で「五 省」が制定された日 [海軍]

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昭和7年の今日、4月24日江田島の海軍兵学校で
五つの訓戒である「五 省」が制定された。
兵学校の生徒は、課業終了後、五省を唱えて、
その一日を振り返った。
ただ、「海軍士官は、フレキシブルワイヤーであれ」
とする観点から帝國海軍の伝統になじまないとする
方々もいた。
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1.誠意をもって取り組んだか?
1.恥ずかしい言動や行動はなかったか?
1.気力は充分だったか?
1.最善を尽くしたか?
1.怠けなかったか?
それぞれ、この様な意味があり、現在でも海上自衛隊幹部候補生学校(第一術科学校)でも一日を自省する時などに用いられている。
アナポリスの米国海軍兵学校でも、英訳され掲げられている由。
 

厚木基地(米海軍航空施設)のレストラン [海軍]

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過日、厚木基地(米海軍)のレストランで昼食を頂戴した。
JAPANESE MENU は無いので、ハンバーガーに的を絞って...
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我々4人が、あれこれ時間を掛けて相談していても
後ろに並んだ方々は、行儀良く待っていてくれます。スンマセン!
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「これもどうだい」と云われましたが、
「No thank you」です。
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ハワイアンバーガー(アボガド入り)+オニオンリング
コールスローのセットを頂戴しました。
ゴチになりましたので、正確な料金は判りませんが、たぶん
$12だったかと。
美味しかった!
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この他にあと2ヵ所レストランがあります。
海自の方は、ゲスト以外利用出来ないようです。

横須賀 海軍ラムネ・モヒート [海軍]

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先刻、三条・東洞院下ルにある
「八百一」に、XOジャンと
春キャベツを買いに赴いた。
2Fにある中華材料売り場の近くで
横須賀 海軍ラムネ」なるものを
見つけ、即購入に至った。
¥173
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「ラムネを一口飲んだ残りは、モヒートにすべし」と云う
神のお告げがあって、1Fの野菜売り場でスペアミント
鋭く購入した。
今夜は戦艦三笠に想いを馳せ、モヒートでスタートする。

佐久間艇長遺徳顕彰式典に出席 [海軍]

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15日、福井県若狭町へ。
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佐久間艇長遺徳顕彰式典へ出席。
主催は、「若狭町」と「若狭町教育委員会」。
町を挙げての遺徳顕彰式だから、海陸自衛隊の
偉いさん等の他に、多数の小学生の姿があった
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式典に出席している小学生の姿を見て「左」の方は、
目を吊り上げることだろうが、佐久間艇長生誕の地では通じない。
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桜花舞う中の国歌斉唱、駐日英国国防武官の
スピーチ、海自儀仗隊の弔銃発射などが続き、
全員が献花をして107年前の佐久間大尉の遺徳を
偲んだ。
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午後には、小浜市の若狭ふれあいセンターで
佐久間艇長顕彰祭が催された。
小浜は、佐久間大尉学びの地で、ここの中学から
海軍兵学校へ進んだ。
写真は、若狭町に続いてスピーチをする駐日英国国防武官。
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「鯖街道」を通っての帰路、小浜市郊外のスーパーに立ち寄る。
近くの景色は、正しい日本の春模様で感動。
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「鯖の浜焼き」を買って帰り食したら、
若狭町の桜花と小浜の春の海が蘇った。

軍関係のボールペン 7種 予科練平和記念館とか [海軍]

conv0002.jpg文房具を整理していたら「軍」関係のネームが目に付いたので、何気に並べてみた。

上から呉地方総監・三笠記念館・予科練平和記念館・US NAVY(厚木基地)・陸上自衛隊・大刀洗平和記念館・防衛大学校 の順。

防大以外は、訪問先で入手したもの。

海自のペンもあったのだが、壊れるまで使って、今は無い。

だから何だと云う話しだが、均等に使うようにしている。


戦艦ミズーリ ・「勝利のキス」の像 [海軍]

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真珠湾 戦艦ミズーリ見学出入り口近くにある
「勝利のキス」の像
第二次世界大戦の終わりを祝う人々に溢れる
タイムズスクウエアで撮られた有名な写真
再現した人形である
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再現された像の基になった有名な1枚。
水兵さんも女性も、赤の他人。ノリでキスをしたとのこと。
女性は当時看護婦さんで、友人と待ち合わせで地下鉄を
上がってきたところだったらしい。
昨年、91歳で亡くなったとのこと。

「真珠湾作戦打合せ後記念写真」の寄贈 [海軍]

conv0004.jpg僕が所有せる「真珠湾作戦打合せ後記念写真」を真珠湾フォード島にある太平洋航空博物館への寄贈にあって、趣旨書・写真に写っている方々の名前・階級・職位をA4版3枚に纏めたのだが、英訳する必要に迫られ、旧知「源田の剣」の髙木晃治さんにお願いした。

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写真に写っている41名の方々の名前・階級・職位を
調べ挙げるのに若干目まいがしてくるのであったが、
これを写真位置順にワードで纏めるのが、また難儀だった。
確認用にプリントしたものに、帽章を赤にしたり、顔を
塗って各人の「位置」を慎重に確認し、作成した。
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僕の書いた趣旨書は、髙木さんに大幅加筆され、英訳された。
髙木さんは、それを太平洋戦史研究家のダニエル・キング氏に
送って、米国人の表現で修正願った。
お蔭さまで、完璧な「公文書」が出来上がった。
これを上質紙にプリントして「額」と一緒に贈呈する運びだ。
因みに、「第四艦隊司令長官 井上成美」の英語表記は、
V/Adm Shigeyoshi Inoue,C-in-C,4th Fleet である。

「真珠湾作戦」打合せ後の集合写真を寄贈へ [海軍]

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手にしているのは、昭和53年に神田の骨董店で入手した集合写真
昭和16年11月13日(木) 岩国海軍航空隊で撮影されたもの。
真珠湾攻撃極秘最終作戦会議が終わって、写された。
前列中央に聯合艦隊司令長官 山本五十六大将がいる。
各艦隊の司令長官、参謀長、参謀、副官が居並ぶ。
國運を賭けた極秘会議後だけに、緊迫した雰囲気が伝わってくる。
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写真の上部に「新高山登れ」(写真では反対表記)と花押がある。
花押の主は、全体が写った写真の最右端に立つ
中澤 佑(たすく)大佐のものとされる。
作戦終了後に中澤大佐が書いたものなのか等、真偽は不明。
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(写真左上部にある文字と印)
この写真(額)を入手して38年。
ふと、これを真珠湾作戦の現場に置いて貰うのは如何だろうかとの思いに至り、
今、フォード島にある太平洋航空博物館に寄贈を申し出ているところだ。
写真をe-mailで見た博物館側から、真ん中に写っているのは、
「Is Yamamoto-san?」 と返信があったところ。

頂戴した年賀状で、零戦搭乗員 原田要さんを偲ぶ [海軍]

5月3日 100歳を前にしたお祝いの朝旅立たれた 零戦搭乗員 原田要さんのお別れの会が、

6月4日 善光寺 日本忠霊殿で執り行われ数多くの方々が参列された

conv0003.jpg昨年の正月、原田さんから頂戴した年賀状を拝見した印象を僕は、下記の如く書いている。

零戦搭乗員 原田要さんは、御年98歳。達筆。

「訪米の思い出が昨日のようで 懐かしく又ご一緒したくなります」とある。

僕のような者に対しての添え書きが嬉しく、涙目になってくる。

従兵かつ専属写真担当としてご同行させて頂いたミッドウェー諸島、真珠湾フォード島、カネオヘ基地への5年前の旅のことが鮮やかに想い出される。

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平成22年6月4日
ミッドウエー環礁で、帝國海軍将兵の霊安らかにと奉唱する原田さん
この後この海に、善光寺から授かった袈裟と花を奉じて最敬礼された
今原田さんは、運命の海で戦友と再会されているのであろうか。

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